うたかた

おんなのこたちがでてくるはなし

返す女(マユ)

「あれ、この店行ったんだね!」

深夜、唐突に受信したメッセージの差出人を見て、マユは目をしばたたかせた。

マユがモリタさんと知り合ったのは1年半くらい前ほどだっただろうか。

マユの最寄り駅の近くにあるコンビニの店員と客、というのがマユとモリタさんの関係だった。

 

当時、仕事が遅くなるマユの晩ごはんのほとんどはそのコンビニでまかなわれていたので、そのコンビニの店員であるモリタさんと仲良くなるのに時間はかからなかった。

背が高く細身の端正な顔をしたモリタさんに覚えられ、親しげに声をかけられるなかで、もしかしたらという気持ちがなかったわけではない。 しかしながら、一方でモリタさんが自分をただの馴染みの客としてしか見ていない可能性も考えられる。

そう考えると、マユは店員と客という関係から踏み出すことが出来なかった。

 

ある日、たまたま仕事が早く終わったマユはまだ人通りが多い駅前を抜けて家路につこうとしていた。

コンビニの前を通ったとき、自動ドアが開き、中から見慣れた長身の男が出てくるのが見えた。

「あれ、マユさん?」

見慣れない私服の見慣れたモリタさんは、今日昼のシフトで、と説明する。

「そうなんですね。私も今日早くて。」

「えーと、それじゃ、もし、よかったら、」

食事でもどうですか、とモリタさんははにかんだ。

 

 

「俺、マユさんのこといいなって思ってて。」

食事の最後、モリタさんはマユの目を見つめて微笑んだ。

「俺、今月でバイト辞めるんで、もう店では会えなくなるんですけど、俺とどうですか?」

衝撃の発言を付け加えて。

まるで夢みたいだとマユは思った。

でもそれと同時によく知らない相手との交際をこの場で決めてしまうのも躊躇われた。

口ごもっているマユにモリタさんはゆっくりでいいよとまた微笑んだ。

そこから二度、マユとモリタさんは休みを合わせて食事と映画に行った。

マユはどんどんモリタさんに夢中になったけれど、モリタさんはマユを口説いた最初の夜から徐々に口数が少なくなっていった。

あんなに、好きだよ、会いたい、素敵だね、と毎日のように来ていたラブコールも日を追う事に数が減り、そしてある日。

「この間言ってたカフェ、行けなくなった。また機会あったら行こう」という言葉を残して連絡が途絶えたのだ。

 

1年、マユも考えた。

もしかして好きだという気持ちが燃え尽きたのだろうか。

もしかしてモリタさんの思っていたマユと実際のマユが違ったのだろうか。

もしかしてあの夜答えを出すべきだったのだろうか。

様々な"もしかして"を考えて、当時は随分悩んだ。

だが、どちらにせよモリタさんは自分を切ったのだ。

それは紛れもない事実だった。

 

 

そんな彼からのメッセージが今、目の前にある。

メッセージの内容は恐らく自分がアイコンにしたラテアートのことだろう。

モリタさんと行く予定だったカフェにたまたま行く機会があったので、有名だというラテアートを写真に収めたのだ。

それにしても、とマユは息を吐いた。

1年も前に自分で切った女に今更何の用事だろう。まさかラテアートのことが言いたいのではあるまい。

まぁ、連絡を寄越してきた理由なんておおよそ検討はついているのだけど。

何て返信しようか迷っている間にぴろんとまたメッセージが更新される。

「俺も行きたいな。ね、今度一緒に行かない?」

明らかにマユとの復縁を期待しているメッセージを確認し、マユはフリック入力でメッセージを打った。

 

 

「うん、また機会があったらね。」

 

 

 やり返す女